父の命日

数えたらもう52年経ったのですねぇ〜(間違えてました1974年だから)

ものすごく寒かったのです。
病院に向かう時に、地下鉄駅前のビルの温度計が0℃を指していました。

何時も、寒いと思い出すのです。
「あの日は寒かった」…と…

気温で、記憶が蘇ることもあるのですね。母は全く泣かず、「私は冷たい人だと思われたかも…」と、ボソッと呟いてましたが…

私も泣かなかった。夫の亡くなったとき…

こっちはメッチャ暑いときで、対照的でしたが。

涙って、あとから出るのですよね、きっと…。あの時にそれがわかっていたら、母にそう言ったかもしれないけれど、その立場にならないと皆わからないのかもしれません。

主人が亡くなった時、「これからどうしよう?会社は?引っ越さないとならない、生活費は足りるのかな?」とか…雑念が頭をよぎってました。
きっと、母も違うことで頭がいっぱいだったのかもしれない…と。

皆、その立場に立って初めてわかるのでしょうね。

寒くて思い出しました。

午前中は、日の当たる部屋で暖房もつけず、ぬくぬくと生きてる私です。食べられるから、生きられますよ。
何にも買えなくても、ご飯は食べることはできる。住むところも借家でもある。
話し相手のかわいい🐦️もいる。

ノンビリと過ごす毎日が一番です。

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